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名古屋地方裁判所岡崎支部 昭和48年(わ)244号 判決

主文

被告人を懲役三年に処する。

ただし、この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、本籍地の中学校を卒業後、工員、運転助手、運送業などをし、昭和四八年三月ごろより家業の木箱製造業の手伝いをしていたものであるが、同年七月九日午後七時四五分ごろ、友人鈴木芳郎とともに西尾市寺津町五ノ割一の五付近を乗用車で走行中、偶々同所で花火に興じていた遠山保命(当時三四歳)、金沢博司、佐藤宏之らのうちの一名を友人と人ちがいして声を掛けたことから、右遠山、金沢、佐藤の三名から「人ちがいをしてすみませんで、すむと思うか」「海に放り込んでやろうか」などと因縁をつけられ、そのあげく酒肴を強要され、幡豆郡吉良町の飲食店「仁吉」で右遠山らに酒肴を馳走した後同日午後一〇時過ぎごろ右鈴木の運転する乗用車で右遠山らを西尾市寺津町観音東一八番地宮地虎雄方付近まで送り届けたが、右遠山らがその途中においても運転中の右鈴木の耳を引張つたり「道が違う」というなどいやがらせをしていたうえ、右宮地方付近に至るや一せいに右鈴木にとびかかつてきて無抵抗の右鈴木に対しその顔面、腹部等を殴る蹴るの暴行を執拗に加えたため、被告人はこのまま放置しておけば右鈴木の生命は危いと思い同人を助けようとし、同所より約一三〇メートル離れた同市巨海町佐円一〇番地の自宅にかけ戻り、弟筒井賢二所有の散弾銃(昭和四八年押第四九号の一)に実包四発を装填しこれを抱えて再び前記宮地方前付近にかけ戻つたが、右鈴木をはじめ右遠山らが見当らなかつたところから、右鈴木はすでに何処かへ拉致されているものと考え、同所付近を探索中、同所より約三〇メートル離れた同市寺津町観音東一番地付近路上において、右遠山の妻実子をみとめたので、右鈴木の所在を聞き出そうとして同女の手を引張つたところ、同女が叫び声をあげ、これを聞いて右遠山がかけつけてきて「このやろう、殺してやる」などといつて追いかけてきたので同人に捕えられれば前記鈴木と同様の暴行を加えられることが予想されたため、同女の手を離し「近寄るな」等と叫びながら必死に一〇数メートル逃げ、同町観音東二番地付近路上で右遠山に追つかれそうになつたところから被告人は自己の身体を防衛するため、右遠山が死亡するに至るかも知れないことを認識しながら、敢て、右散弾銃を腰付近に構えて振り向きざま約三メートルに接近した右遠山に向けて発砲し、弾丸を左股部付近に命中させ、同人に加療約四カ月を要する腹部銃創および左股部盲管銃創の傷害を負わせたもので、被告人の右所為は防衛の程度を超えたものである。

(証拠の標目)(省略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、(1)被告人の本件所為は正当防衛である。あるいは、(2)被告人は本件犯行当時心神耗弱の状態にあつた旨主張する。

そこで、弁護人の右各主張について考えてみるに、(1)たしかに遠山の追跡行為は「急迫不正の侵害」に該り、かつ被告人は「自己の権利を防衛する」意思を有していたものと認められるが、(なお、被告人は散弾銃を取出す際「芳郎が殺されちやう、銃を出せ」と家人にいい、散弾銃を手にしてからも犯行に至るまでの間被害者方などで佐藤宏之、遠山実子らと顔を合わせたにも拘らず発砲していないのであるから、被告人が散弾銃を取り出し発砲したのは報復のためとは認め難い)、前掲証拠によれば遠山は素手で被告人を追跡していたことが認められるのであるから、たとえそれまでのいきさつを考慮したとしても、なお被告人の所為は「防衛の程度を超えた」との誹を免れないところであり、また(2)被告人の捜査官憲に対する各供述調書等に徴すれば、被告人は本件犯行の動機、手段、犯行の前後における諸般の事情などを具体的かつ詳細に記憶し、供述していることが認められるから、本件犯行当時、被告人の是非善悪の弁識およびそれに従つて行動する能力が著しく減弱していたものとはみとめられない。

従つて弁護人の右各主張はいずれも採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二〇三条、一九九条に該当するので所定刑中有期懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処することとし、なお後記量刑の理由によりその刑の執行を猶予するのを相当とみとめ、同法二五条一項を適用して本判決確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用してこれを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

被告人の本件犯行は、被害者は幸いに一命をとりとめたというものの散弾銃で被害者の腹部を撃つという極めて危険な行為であつてその責任はまことに重大であるが、本件犯行に至る事情および犯行の動機には判示のとおり被告人に酌むべき点が多く、犯行後においても被告人は直ちに自首し、その後被害者との間に示談を進め、金一〇〇万円を支払う旨の示談が成立し、被害者も本件犯行を宥恕しており、更に被告人には特段の前科もなく、その生活態度も真面目で犯行後も深く反省していることが認められるから、未決勾留が長期化している点その他諸般の事情をも考慮し、主文掲記の刑を量定した。

よつて主文のとおり判決する。

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